2011/03/13

原発関連その1:最悪の事態でも-チェルノブイリを振り返る



電力会社のエンジニアのみなさん、なにより被災者のみなさん、救援隊のみなさん、勝手な持論を展開しますがどうかお許しを。




■結論

もはやよくわからないが、仮にチェルノブイリ並の状況となっても、おそらく東京以西は大丈夫ではないか。なぜなら、チェルノブイリから100km圏内の、ウクライナ首都キエフは事故以降も動いていないからだ。
別に東京が大丈夫だからどうというわけではないが、今後の日本が機能していくには最重要な場所には違いない。


以下にチェルノブイリの事案を転載するが、避難距離の10km、20kmというのも歴史に倣ったものなのかもしれないし、現場は極めて適切な判断をしているのだろう。
東京電力の社員のみなさんは、相当優秀できわめて真面目な人材が集積されている筈なので、世界に誇れる事案となるよう尽力しているに違いありません。


東京電力の皆様、本当に、ありがとう!


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■ウクライナ首都キエフとチェルノブイリ

1986426日、キエフの北130kmにあるチェルノブイリ原子力発電所で原子力事故が発生した(チェルノブイリ原子力発電所事故)。直後にソビエト連邦上層部によって全住民350万人の疎開が検討されたが、風向きの関係で健康への影響は無いと判断され、疎開は中止された。現在はキエフを起点としたチェルノブイリの観光ツアーが存在し、事故を起こした4号炉を間近に見ることも可能である。とある。

1986426日に起きた旧ソ連のチェルノブイリ原発事故で、上空に吹き上がった放射性物質の直撃を逃れるため、最も近い大都市、キエフ市(現ウクライナ)の全住民約350万人を疎開させる計画が、ソ連指導部内で直後に検討されていたことが分かった。 風向きのおかげで回避されたが、もし大量の避難民が出れば、疎開先のあてはなかった。これらの事実は当時、市民には知らされずじまいだった。
地球気象・エコロジー研究所(モスクワ)のユーリー・イズラエリ所長(75)が明らかにした。イズラエリ博士は当時、旧ソ連の国家気象環境監視委員会議長で、事故から11日後の5月7日、キエフ市で極秘に開かれたウクライナ共和国共産党の対策会議に出席。疎開を検討する党幹部らに汚染状況と被害予測を説明した。
 事故の大爆発でプルトニウムやセシウム、ストロンチウム、ヨウ素など強い放射性物質の放出が続いていた。キエフ市は事故現場から南へ約130キロの距離。博士によると、爆発時には東から西への風が吹き、 その後、風は北へ、さらに北東への流れに変わった。キエフ市では4月30日に初めて放射能を検出したが、年間の放射線量は許容値の20分の1程度にとどまると推定された。
 11時間に及ぶ議論の末、住民の健康に影響ないとして、疎開しないことを決めたという。もし全市民の疎開となれば、住宅確保や医療支援、社会主義下とはいえ雇用問題など未曽有の規模で支援が必要になったとみられる。この会議の内容は、当時の一般市民には知らされなかった。イズラエリ博士は「単に風向きがそれたというだけ。運がよかった。疎開先の見通しはなく、もし強制避難だったら、どうなっていたことか」と振り返る。
疎開は、事故直後に原発の半径30キロ圏内の住民約11万6000人がまず強制避難させられ、その後、チェルノブイリの北西約100キロ圏内の高濃度汚染地域を中心に避難が続き、疎開したのは最終的に計40万人だった。

(地図:Bチェルノブイリからキエフ(中心))

■チェルノブイリの振り返り

チェルノブイリ原子力発電所事故(チェルノブイリげんしりょくはつでんしょじこ)とは、1986426123分(モスクワ時間 UTC+3)にソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で起きた原子力事故。広島に投下された原子爆弾(リトルボーイ)に換算して約500発分の原爆投下に相当する量の放射性物質が撒き散らされたことから、「核戦争」とも表現された。
4号炉は炉心溶融(メルトダウン)ののち爆発し、放射性降下物がウクライナ・白ロシア(ベラルーシ)・ロシアなどを汚染した。事故後のソ連政府の対応の遅れも相まって被害が拡大・広範化し、史上最悪の原子力事故となった。

チェルノブイリの放射性物質は、スウェーデンのフォースマークで初めて発見され、これが初めのヒントとなり、チェルノブイリの原爆事故をロシアは公表せざるをえない状況になったといわれている。
ちなみに、チェルノブイリからフォースマークまでは約1500キロ。

チェルノブイリプラントのトラブルそのものは4号炉の惨劇で終わったわけではなかった。ウクライナ政府は、国内のエネルギー不足のため残った三つの原子炉を運転させ続けた。この時のウクライナ政府は財政難で新規の発電所の建設が困難であったためチェルノブイリ原子力発電所をそのまま使わざるを得なかった。
1991年に2号炉で火災が発生し、政府当局は炉が修復不能なレベルまで損傷していると宣言して、電源系統から切り離した。1号炉は、ウクライナ政府とIAEAのような国際機関との間の取り引きの一部として199611月に退役した。
200011月に、レオニード・クチマウクライナ大統領本人が公式式典で3号炉のスイッチを切り、こうして全プラントが運転停止した。

(地図:BチェルノブイリからAフォースマーク)


■被害者その後

2000426日の14周年追悼式典での発表によると、ロシアの事故処理従事者86万人中、55千人が既に死亡した。ウクライナ国内(人口5千万人)の国内被曝者総数342.7万人の内、作業員は86.9%が病気に罹っている。

IAEAの記録によると、チェルノブイリ事故による放出は、広島に投下された原子爆弾(リトルボーイ)の放射性の汚染の400倍多いが、20世紀中頃の大気圏内核実験で起こった汚染の100から1,000分の1だった。チェルノブイリ事故は局地的な災害であって、全地球的災害ではないという考え方もできるとのこと。
第一回チェルノブイリ事故の生物学的、放射線医学的観点にかかる国際会議(19909月)でのソビエトの科学者による報告によると、当該プラントから10km区域での放射性降下物のレベルは4.81GBq/m2であった。大量の放射性降下物により枯死したいわゆるマツの「赤い森」が10km区域内のサイトのすぐ背後の地帯に広がっている。この森は、事故後、極めて大量の放射性降下物により枯死して赤茶色に見える木々のためにそう名づけられた。事故後のクリーンアップ作業の中で、4km2の森の大部分が埋め立てられた。赤い森のある場所は、世界で最も汚染された地域の一つである。

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